駅前の谷津貝塚でナマ奈良時代

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駅の向こう側で大規模な遺跡が発掘調査されている、と聞きつけました。なんでもハンパない規模の大きさらしい。初めは畑から貝がたくさん出土するから貝塚と命名されたんだけど、ところが掘ってみると土器やなにやら出てくる。思い切って表土をはがしてみると、「塚」どころか約25,000平方メートルという広大な遺跡が姿を現した!

というわけで、「谷津貝塚」遺跡見学会へ行ってきました。

そこかしこに色の黒い住居跡が。
何世代も重複して居住地として利用されてきたようだ。
ブルーシートの向こう、マンションあたりまでずっと!
膨大な数の遺跡がまだ眠っている!


掘立式の住居跡もある。倉だろうかね。
向こう側はなだらかに落ちていて、今より海岸が近く入り江になっていた。
(今はそこを電車が通っている)

出土した深さを記録している。
海風を考慮して、かまどの位置が西か北に揃っているようだ。
一生懸命出土した遺跡の説明をしてくれる。
駅から要所にカンバン持って立ってる人もいて、ご苦労様です!

都心近くにこれだけデカい遺跡が見れるのはここだけじゃないの?あるのは土器や穴だけで、派手な出土品とかは無いんだけど、その分想像力がむくむくかきたてられますよ。なんてったって1200年以上昔のお話なんだから。


それと、先日お宮参りに行った船橋大神宮は、この遺跡より古いんだ...と思うと、ちょっと歴史観がおかしくなりそう。竪穴式住居とあの神社って同時代にあったんですね。その当時はあんな立派な建物じゃなかったんだろうけど。江戸時代の写生図を見ると、殆ど樹木が無くて、建物も小さかったなあ。

見学会が終わったら、谷津の公園まで歩いてランチにしました。あとふがしがふるって縄跳びを始めて、ちょっとびっくりしました。僕よりうまかった。

木陰はすずしい

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このページは、mimitubが2009年9月 6日 23:11に書いたブログ記事です。

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