父上の一時帰宅:リハビリは順調

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昨年に脳出血で倒れて半身不随になって以来、リハビリに励んでいた義父に正月の一時帰宅の許可が出た。介添えがあれば簡単な日常の動作が可能になったのだ。母上は、うきうきと何が食べたいか聞く。「カツ丼が食べたいなあ」と彼は目を細めて言う。自分の言葉でちゃんと答えているだけでも信じられない思いだ。

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父上に負けじと歩行訓練するこむぎちゃん

 
初期治療を受けた一般の病院ではリハビリは殆ど出来ないので、症状が落ち着いたらリハビリの専門病院へ移った。そして専門の介護療養士がつきっきりで何時間も何日もかけて一挙一動を少しずつ訓練してきた。重度の障害だったから、初めは歩行はおろか会話もできない状態で、家族はなかばあきらめていた。孫の名前も思い出せない。だから、病院へ迎えに行くときは感無量だった。一番嬉しいのはもちろん母上だ。あるじのいない家は空虚なものだ。
じゃあ自分が骨折で入院したとき、ふがしはどんな寂しい思いをしていたんだろうか?と考えると、申し訳なくなる。毎日子供を抱えて病院に通ってくれた強さに感謝。


父上は、動けるとはいえ、まだ半身は末端が少し動く程度なので、ベッドから起き上がるのも苦労する。幸い川越に、亡くなったおばあちゃんの使っていたパラマウントベッドのしっかりした電動介護ベッドがあったので、それを父に手伝ってもらってワゴンで幸手に運んだ。おばあちゃんには亡くなってからもお世話になりっぱなしだ。もう若くもない父にも助けてもらって非常にありがたかった。


帰るにあたって数週間前に選任の介護療養士のKさんが家にやってきて、段差の高さやトイレの様子、リビングのレイアウトなどを視察してくれた。それらを調べて、足は最低何センチ上げる必要があるのか、トイレはどのようなムーブでこなすか、リビングのこたつからどうやって立ち上がるか、などをリハビリ施設内でシミュレーションし、クリアしていくのだ。本人も決死の覚悟で若く真面目なKさんの指示をこなしていった。ただ、残念なことにお風呂だけはまだ自宅で入ることができない。それも今後の課題だ。


病院から門の前までは順調に来た。しかし玄関ドアに到達するまでが大変で、段差をいくつか越えてゆかねばならない。義母が脇の下と右手を支え、前を自分が、後ろをふがしが待機して万が一に備える。右足は突っ張ることができるだけなので、動く左足を上の段に乗せ、身体を引き上げる。右足はそれに伴って持ち上がるが、動かないつま先が垂れ下がって引っかかってしまう。普通の運動靴では先端が長すぎるのだ。玄関に入るまでに15分くらいかかってしまった。


実際に収まってみると、改善すべき点がたくさんある。まずこたつに据えた座椅子では、半身に力が入らないのでずり落ちてしまう。立ち上がるのもおっくうになって動けなくなる可能性もある。長時間安定して座れる移乗しやすい椅子があるといい。それと歩きやすく履かせ易い介護用の靴も早急に必要だ。これらは後日ふがしと街を走り回ってなんとか探し出してきた。献身的な母上の介護もあって、幸いトイレやベッドはゆっくりやれば問題なかった。


リビングのこたつに足を入れると、ほっとした空気が流れる。母上は早速台所へ立って包丁を振るいはじめた。父上はテレビを見ている。ああ、これで足りなかったものが揃った...。何もかも以前と変わりない。それがとても大切なことなんだ、と全員が心の底から思った。
そして正月が始まった。

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このページは、mimitubが2008年1月 2日 21:51に書いたブログ記事です。

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