僕が初めて買った一眼レフのことが書きたくなった。まだWindows95も発表されたばかりで、みんながワープロを使ってた頃の話だ。
学生の頃は単車や電車で全国を飛び回っていた。エンドレスで旅がらす状態だった当時は写真が大切な記録になるから、カメラは重要だった。母ちゃんが愛用していたコンパクトカメラを奪ってちゃっかり愛用していたが、激しい使用に耐えきれなかったらしくあえなくおじゃん。カネは全く無かったから中古屋を巡り、情報を漁った。その頃はメーカー各社が連写やAF性能などいろんな機能をてんこ盛りしてハデに競い合っていたが、よーく調べるとどうやらカメラの基本性能という奴は数十年変わっていないという真実にたどり着いた。なべて述べ立てるには"我が社の製品を使えばこーんなに手抜きやヒマつぶしができますよ"ということが趣旨なのだ。
明るいレンズと露出計さえ付いていればあとの差は根性でカバーできそうだった。悟りきった僕は都内を巡って新橋の中古カメラ屋でアサヒのSPという自分より年上のカメラを買った。1万8千円とあったが、カメラ屋のオヤジは貧乏学生の風体を哀れんで3000円おまけしてくれた。余ったお金でフィルムを大量に買った。
コンパクトカメラに比べてずしりと重いボディが金属光を放ち、黒皮を模したガワが手になじむ。バネの適度な重みを感じつつレリーズを押し込めば、幕式のシャッターがバシャコン!と極めて機械的かつ迅速に一瞬の光条をフィルムに投射する。フィルムの巻き上げはもちろんおごそかなる手動だ。右手のレバーをエイヤと動かせば、パトローネからぞろりとフィルムが滑り出してくる感触が伝わってくる。この動作は同時にシャッター幕のリセットも兼ねているので、すぐさま撮影にかかることができる。なによりコンパクトでウェストポーチにさっと収納できた。つまり必要にして十分な性能だったわけだ。
最初からついていた50mmのレンズはなんとF値1.4という驚異的な明るさで、感度400のフィルムを使おうものなら暗くてもそれなりに撮れてしまう。晴れた雪山では明るすぎてシャッタースピードを最速にしても白トビするくらいだ(まさにホワイトアウト)。より粒子の細かい低感度フィルムも使えたから、ISO100を愛用していた。工夫してサングラス越しに撮ったりした。逆を言えばフィルタを掛けても明るく撮れるし、口径が小さいので値段も安い。偏光フィルタにはホントにお世話になった。暗くても思いっきり絞れるので風景にも強かった。
しかも露出計が付いていて、ファインダーの右端で針がエレガントに上下するのが小憎い。それでも露出の具合は鍛錬が必要だったから、撮影ノートを持ってデータを記録して覚えていった。写真の勉強には最高の先生だった。谷川や秩父の沢で何度か入水させてしまって結局露出計はぶっ壊れてしまったが、その頃には蓄積したデータとカンで露出を決められるくらいになっていたから、絞りとシャッタースピードを合わせて「オラッ」とばかりに撮ってもけっこう失敗は無いくらいの域に達した。
(後編へ続く)

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