突然の便り:インドネシアの花嫁

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思いがけない手紙が届いた。
大学の女友達からだ。
いつもつるんでいた仲間で、さばけた性格で面白かった。普通よりちょっと「飛んで」いて、その分芯は純粋だった。
封を切るとなかには絵葉書が入っていた。それを読んだ僕は、思わず声を上げて驚いた。
それは結婚の報告だった。しかし相手がインドネシアの人! 写真の中では、純白に金の婚礼装束に身を包んだ彼女がほほえんでいる。寄り添った旦那さんは、たくましげなアジア顔でニカッと頼もしげにこれを支えている。召使いだろうか?たくさんの同じ水色の装束を着た人たちが両脇に並んでいる。そのタイトルに「私たち結婚しました」とある。なかなかすごい画だぞ、これは。
とにかくめでたいことだ。それに海外旅行好きな彼女ならば十分あり得る話だ。でも、その続きもすごかった。
落ち着いたら、とある島にある彼の家へ移って新婚生活をおくるらしいのだ。つまりインドネシアだ。住み慣れた東京から、いきなりインドネシア。それも大トカゲが闊歩し、手紙も届かぬ静かなところ、と書いてある。もちろんその島の名前は聞いたこともない。どうなっちゃうんだよ……。
言葉は?食生活は?身内は?電話は?Eメールも出来ないの?僕でさえ心配になるんだから本人の不安はいかほどか。もっとも多少の事でメゲるタマじゃなかった。あれでもいろいろ苦労しているし、大事の前の些末事かもしれない。
結婚して自分にも解ってきたことがある。
相手をおもう気持ちだけじゃ生きていけない。でも、お互いを信じる気持ちがあれば、何だってできるのだ。それは時代や国を超える人間のエネルギー。二人も同じ事を考えたんじゃなかろうか。将来への確信があるから一緒になったはず。意志があれば、すべての障害は目標へのステップに変じる。大丈夫。
僕は真っ黒い笑顔の旦那さんに、頼んだぞ、と声をかけた。



心やさしきキムチ鍋

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お客さんが来たので、キムチ鍋を囲んだ。
アロマテラピストのアロマちゃんだ。
今の仕事が楽しくて仕方がないようで、目を輝かせて話してくれる。
実は彼女も転職組なのだ。
ふがしもそうだし、僕もそう。
出汁を張った鍋に白菜や豚肉を入れて煮たたせ、
キムチとキムチの元を入れる。
野菜にじっくり火が通ったところで、ふうふうはふはふと食べる。
一通り食べさらったら、太いきしめんを入れて最後の仕上げ。
みんなつらい思いを耐え抜いて、勇気を出して決意した。
仕事が楽しいってことがどんなにありがたいか、骨身に染みて解っている。
そんなメンツで囲む鍋は、あったかかった。



iPod nano

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アップルが今度出してきたiPod nanoはイイ!
とみんなが口を揃えて言う。
小さい、かっこいい、いっぱい入る……。
操作性の悪さとキズのつきやすさなんてどうでもいい。
白いイヤホンがますます街に溢れることになるだろう。
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すでにiPodをもっている人も興味津々。
iPod miniの後継機にあたるそうだ。
shuffleがある人はビミョー!だけど、
あれはあれで携帯型プレイヤー&USBメモリとして十分優秀だ。
さっそく対応アイテムも発表された。
定期券入れにすっぽり入る大きさに目を付けたこちらも魅力的!
イヤホンの収納場所もあるぞ!
TUNEWALLET nano
え、俺は買わないのかって?
……まだ池波正太郎を読み終わっていないんだよ。
本を読むときは音楽はいらないよ。



2005世界選手権:アルカンシェルはトム・ボーネン

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2005年世界選手権が終わった。チームでなく国家の代表として参加するこの大会は、ロードレーサーにとってはツール・ド・フランスよりも大事な大会だ。チャンピオンはアルカンシェルというレインボージャージを一年間着用して走ることを許され、真の男として崇められる。
今年、世界で一番早い男はトム・ボーネンに決定!笑顔が人なつっこいベルギーのスプリンターだ。テキストライブでは名前が出ないほど息を潜めて良い位置に着けていたようだ。ゴールシーンはド迫力〜!昨年の王者ベッティーニと最多勝ペタッキを擁するイタリア勢は、まさかの表彰外。世界最強の発射台も、スペイン勢の強烈な引き回しとこの急坂と急コーナーで大ブレーキ。マキュアンもスプリントに絡めず沈没。ライブで見た人にとっては面白い展開だったようだ。
いつもDNF(Did Not Finish)の日本勢も福島晋一選手と飯島誠選手が完走したのはいいニュース。本人はチャンスを逃したって落ち込んでいるが、日本人の完走は久しぶりだそうだ。T.T.で参加した別府史之選手は29位!ポポヴィッチやフランスTTチャンプのシャバネルより早い!なんだよ平均時速47km/h近くって…坂もあるんだぞ、平坦だけじゃ無いんだぞ。
一時間たった一人で踏みまくるってのは強靱で燃焼効率のいい体とトータルでスピードを維持するタフで冷静な頭が必要だ。このまえ船橋から蘇我まで全力で走ってみたけど、俺は平坦の1時間なら平均時速40km/hがせいぜいかなあ。
そういえば自分の最高速度は78km/h。もちろんながーーーい下りでの記録だ。ギアがトップ12Tだったので脚が回りきってしまって、おまけにホイールがぐわんぐわん波打ちだしたのでやめた。無風の平地なら56km/hってのが最高。酸素不足と大量の乳酸で失神しそうになった。ちなみに世界の選手は下りで100km/hオーバー、平地でも70km/hを軽く突破するらしい。ケイデンスもすごい人は200近くまで回るそうだ。俺なんか140位で腰が浮いちゃうよ。
いやあ、世界はいつも地平線の彼方に広がっているものだなあ。



焚き火と墓参りと音楽と

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連休は軽井沢にお呼ばれして焚き火をしてギターで歌った。ある先輩が奥さんになる予定の人を連れてきてくれて、とてもいい酒宴であった。いやーあの7000m峰を制した人が、こんな美人を制するとは!ふがしもいい友達ができて大喜び。僕らからのお祝いの貢ぎ物はもう決めましたよ!
帰りに群馬のお寺に寄って、おばあちゃんに線香を上げてきた。親戚でもある和尚さんは相変わらず元気で、ウチの家系がいかに優れているかを蕩々と語ってくれた。落語を聞いてるみたいだった。その口で地元の檀家を落とす訳だね(檀家キラー)。もう80歳まで後少しだってのに、境内をドタドタと全力疾走。すげえ、さすが元陸上選手。
そんで新治の家に泊まりに行った。街道から遠く離れた棚田の一角にあるこの家は、カエルの絶叫に包まれながら山々を見渡していた。ピアノの自動演奏に合わせてギターを弾いていると、とても幸せな気持ちになった。
感性を刺激される充実した連休だった。



交通事故は房総で(記録)

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事故までの記録。
その日はなぜか目覚ましが鳴る1時間前に起きてしまった。いつもはベルがやかましく鳴っても二度三度と延長してうたた寝をむさぼるのに、一体どうしたんだ?第一テンションが高い。パンを焼き、サラダを作る手も素早く動く。あれよあれよと支度をして、自転車にまたがったのがちょうど起きる時間だった。
茂原街道—うぐいすライン—養老渓谷—天津小湊—鴨川—千倉—白浜—館山市街(事故)—館山駅===(JR)===自宅
7:30に家を出て、山を越え谷を渡って天津に着いたのが11:30。4時間ならばふがしでも6時間くらいで来れるんじゃないかな?それで宿に泊まって帰ればいい。
サイフには1500円くらい。館山まで行ったら、帰りは電車を使わなければ日中に帰還するのは難しい。まあこのお金で乗れるところまで乗って、あとはまた自転車に乗ればいいのだ、と思って気楽に考えていて、あっと思った。自分のご飯のことを忘れていた…。補給食や水分を買うと、電車賃が全然足りない。ちゃんと帰れるのか!?うおお、大いなる挑戦だ。今日のテーマは「貧困で闘魂」だね。
養老渓谷の辺りは、フジの花が咲き始めていた。もう少し経てば紫の花でいっぱいになる。この辺りが紅葉になるのは、暮れが押し迫った年末になってからだ。今から楽しみ。
道すがら、各地の小学校を通るんだけど、どこも運動会の真っ最中。赤組がんばれ、白組負けるな…!ちょうど借り物競争をやっていた。おたまレースや網くぐりなどの複合レースになっていて、もがき苦しみながらゴールを目指す姿に、爆笑。孫の雄姿を見ようと爺さんばあさんが首を伸ばして爪先立っている。
国道を離れ、路地裏を縫って海に出ると、辺り一面のサバ節の香り。空き地に筵を広げていっぱいに干されたサバの切り身から、なんとも言えないいい香りが立ち上る。車に乗っていては、この香りは気付かなかっただろうなあ。ああ、出汁の利いたお吸い物が飲みたい。
鴨川のすき屋で並盛を食う。牛丼祭りと称して280円だったが、入り口で100円玉を拾ったので実質180円という気の利いた?店だった。帰りの電車賃を持ち崩して食べている身としては、涙が出るほど嬉しかった。
ぐんぐんぐんぐんペダルを踏む。踏んだら踏んだだけ前進する。新鮮な酸素を含んだ潮風が肺いっぱいに充填され、汗と一緒に排気される。気持ちのいい海岸線が続き、気分は最高、脚の調子もいい。よし、いつもは時間切れでショートカットする白浜や洲崎を制覇しよう!それだけ走れば走行距離は200kmを超える。そんなに走るのは初めてだ。大事なのは距離や時間ではなく内容なんだが、今回は結構踏めてた。
しかし、ここで人間魚雷となった自分は青いプレマシーに突入、館山の星になったわけ。あとは記述の通り。ふがしには迷惑をかけた。
帰りの電車、痛む体でバイクを抱え、クリートで歩くのは骨が折れた。
内房線の車内で、酔っ払って隣のおばさんにからんだ老人を、これまた酔っ払い老人が「このォ、スケベオヤジ!」と咎めた。車内は一瞬緊迫した空気に包まれたが、最後には意気投合して老人同士「飲もう、飲もう!」ということになっていた。昔の人ってひと懐こいよなあ。こういう出会いは、意外と長く続くものだ。人と人のつながりは自分の可能性だ、という事を、身を持って知っているのかも知れない。



交通事故は館山で。

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その時、僕は家に向かって疾走していた。
すでに走行距離は150kmをゆうに超え、両足が痙攣を起こしかけていた。
それでも僕は、ハンドルの上に身体を伏せ風と重力に逆らう。
数秒後には地べたに這いつくばっている事も知らずに。
 
 
突然、青い車が左の路地から鼻面をぬっと突き出した。
僕は殆どブレーキをかける間もなく、その側面に突っ込んだ。
ボンネットに乗り上げ、宙に舞った僕は、汐の香りを嗅いだ。
不思議と怖くなかった。
 
 
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その日、僕はなんとしても船橋から館山までの山々を制覇しようと意気込んでいた。船橋を朝出発し、うぐいすラインから養老渓谷を抜け、天津の辺りに抜け出し、海辺に出たところでちょうどお昼だった。あとは海岸沿いに半島を時計回りに走っていけば、館山にたどり着く。途中鴨川、千倉、白浜と風光明媚な観光地を駆け抜けて、すでに走ってきた距離は100kmをはるかに超え、計器の数値は150kmまであとわずかだった。
しかし、僕はまだ200kmを一気に走ったことはない。170kmオーバーなら何度か体験しており、次の日にも疲労は殆ど残らないので、残り30kmくらいどうってことないとは思うのだが、やはり実践しないと偉そうなことは言えない。ツール・ド・フランスなんて、一日で軽く200km以上、それを何週間も走り続けるのだ。
奇岩が連なる白浜に差し掛かると、彼方に黒い半島の影が見えた。あれが、洲崎だ。まだ海の彼方に霞んでいる。まあ、自転車の移動能力というものは、見えているところならば大体守備範囲だ。走行距離が150kmを超えた頃、洲崎の高台にさしかかる。がくんとスピードが落ち、僕はのろのろと路側帯へ身を寄せ、坂が一刻も早く終わることを祈って、ペダルを回す。しかし、ケイデンスは80〜70。ああ、もう脚が回らない。
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僕の意思とは関係なく、両足のふくらはぎが悲鳴を上げて痙攣の前兆を訴え始めた。痙攣にはミネラル不足で起きる。僕は日本古来のミネラル補給食、梅干を口に放り込んだ。口中に広がるすっぱさに、きゅっと頭が目を覚ます。頼むぞオレの筋肉…!灯台を超えると、崖の下には、薄紫色の都会の排気をまとって、東京湾が広がっている。やった…!これで、折り返しだ、と思った。ところが、それは間違っていた。
* * * * * * * * *  
突然現れた青い車に僕が突っ込んだのは、館山の市外に入ろうか、という浜辺に沿った県道だった。僕は一瞬で車上から大地へと投げ出された。たった2秒前まで僕は風だったはずなのに、今は日に焼けたアスファルトにはいつくばっていた。極度にペダリングに集中していた全身が、どうした、次の指示をくれと叫んでいる。しかし、キャノンデールは向こうで捻じ曲がって見えた。道路に転がる自転車って、なんて不幸な絵なんだろう、と僕は思った。そして、襲ってくるであろう痛みに備えた。それは、すぐに来た。
車から、中年の運転手と助手席の女が青い顔をして飛び出してきた。車の中には小さな子供が一人。すぐ近くに住む地元の夫婦で、海水浴に来ていたらしかった。ひとしきり遊んだ後、浜辺で遅いランチを食べ、市内に繰り出そう、という矢先だったらしい。今日は館山市内がお祭りなのだ。浜辺へ続く小道はせまく、ブロック塀にはさまれて、左右の見通しは無いに等しい。大通りに出ようとするならば、かなり車の鼻先を突き出さなければ、運転手は左右の確認もできない。そして運の悪いことに、彼は少しアクセルを余計に踏み込みすぎた。そこに路側帯を走ってきた自分が突っ込んだわけだ。
僕はこういったとき、ほとんどパニックになることがない。意外と冷静に状況を観察するし、余裕があれば身体を動かすことができる。回避することは不可能だと悟った時は、「上手に」当たることに専念する。これも末っ子に生まれたせいだろうか?今まで何度も転倒や事故を潜り抜け、骨折などの大きな怪我をしたことがないのは、そのお陰だと思っている。今回も、後者だった。すぐそこに迫った危機を目前にして、「あ、プレマシーか…これは避けられない。自走で帰るのはムリになってしまったなぁ。」とのんきに考えながら、バカヤローとまっすぐ突っ込んでいった。
自転車は例によってアルミバイクらしい金属音を立てて滑走。僕は1回転がって止まった。次の瞬間、「イデデデデ!」左ふくらはぎに激痛!打撲や傷の痛みではない。蓄積した疲労に衝撃が加わり、攣ったのだ。悶絶しながら被弾箇所を探すと、腕の擦過傷がひどい。見る見る膨らんできて、鮮やかな赤い血が滲んできた。脚や肩もぶつけたようだ。「だ、大丈夫ですか!」と、飛び出してきた運転手が助け起こしてくれた。彼の奥さんが、警察と救急車に電話をした。子供はしっかりとチャイルドシートに乗せられている。不幸中の幸いで、どうやらまともな相手らしかった。
救急車はすぐに来て、僕を乗せてサイレンを鳴らしながら走り出した。交通事故にあったら、とりあえず救急車に乗ったほうが後々のためになる。車内で脈拍と血圧を測り、連絡先などを伝える。外を見ていると、一般車が素早く路肩によけてくれるのが気持ちいい。自転車も積み込んでくれたので、安心して車の外を見ていた。「ああ、これでしばらくは自転車に乗れないんだな」と思って悲しかったが、反面筋肉の限界が近付いていたので、ほっとした。
病院では、貫禄のある看護婦と、飄々として背が高い老医師が治療してくれた。軽口をたたきながら手際よく傷口を洗浄し、処置をする。傷口からは、たっぷりと酸素を含んだ鮮血が滲んでいた。「おお、きれいな色だな…なんか塗ったのか?」と老医師が看護婦に聞いたくらい、きらきらと輝くような赤だった。ちゃんと湿潤療法を実践していて、ジェル入りのパッドをぺたんと貼り付けてくれた。僕にとっては、怪我よりも攣った足が痛くて、びっこを引いていた。レントゲンを撮ってもらうと、まっすぐで傷ひとつ無い骨がすらりとネガに浮かび上がっていた。治療が終わって、家にいるふがしに電話すると、無事でよかったと笑った。さすがに心配をかけてしまって心苦しいので、僕もほっとした。
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現場で警察に事情を説明し、家族を先に家に返した相手が、病院にやってきた。保険屋は来週連絡が来るらしい。その時に全ての損害を申告することになる。被弾箇所を探すのが怖いので、自転車をすぐ輪行バッグに詰めこんで、一緒に診断書を持って警察に行った。自転車はどうせ後日請求だ。市内で今夜開かれるお祭りのおかげで、警察は大忙しだった。現場検証した警察官が、続いて起こった別の事故に向かってしまい、調書を取るために来た僕らはしばらく待たされた。
若い警察官は取調室で調書を取った。広さ三畳しかない取調べ室は、ひび割れた白塗りのコンクリート壁、薄緑の鉄格子に灰色の事務机、きしむパイプ椅子と、ドラマの中の取調室そのまま。「へえ、まったくこちらに非はございやせん、ウソでねえだ」と述べ立てた。加害者は人身事故を起こした訳だから、手痛い罰金を食らうことだろう。
どこの調書にもあるけど、最後のほうに「相手が処罰されることを望みますか?」という質問がある。事故後に加害者がすぐ助けに来なかったり、非を認めなかったりして気に食わなかったら、「ハイ」又は「お任せします」という。そうすれば裁判所まで話が回った場合の判断材料にされるのだ。道路交通法上では別途きちんと処罰されるから、反省しているようなら「いいえ」と答える。僕は、「いいえ」と答えた。
今日できる処理が終わると、あとは帰るだけだ。しかしもちろん交通費は加害者に払ってもらう。サイフには1000円しか入ってないし、自転車は走れなくなっちゃったし。傷ついた身体で自転車を抱えて歩きたくなかったし、タクシーで帰りたかったが、相手の手持ちが数千円だったので、輪行バッグを抱えて電車に乗った。どうせ保険で降りるんだけど、もう早く帰りたかった。自宅までクリートで歩くのはムリなので、ふがしに連絡して、駅までサンダルを持って迎えに来てもらうよう頼んだ。
家へ向かう特急列車が走り出した。自転車を積み込んで、がらんとした車内に腰を下ろす。傷口が心拍数にあわせてうずく。車窓からは、夜の東京湾がよく見えた。あそこは横浜、あそこはお台場か、と眺めているうちに、気が楽になった。その時、普通ならば怒ったり落ち込んだりするはずなのに、ずっと今日の出来事を楽しんでいた自分に気が付いた。